Usotsuki Online

Do you believe in the magic of make-believe ?

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ずいぶん古い写真が出てきた。そういえば 9 連休である。明日から山ごもりをするのでその前に部屋の掃除をしたりしていた。

最近読んだ本

オモロマンティック・ボム! (新潮文庫)

オモロマンティック・ボム! (新潮文庫)

川上未映子の諧謔的な文章でだらだらと綴られる日常エッセイ。読んでいてとっても楽しかった。なんというか、彼女の文章のこの空気感が心地良いのだよなぁ。そこにときどき「あぁこういう捉え方は無かったなぁ」と思うような洞察があって面白い。例えば『ゆるりもびーんも、おこのみで』で彼女は、災害時には視力を矯正するための道具が手に入らないことを恐れてレーシック手術を受けた方が良いのではないかということを書いているが、しかし裸眼では見える物の細部が、矯正された眼に映る世界からは抜けて落ちてしまうのが嫌だと言う。

 矯正された目でおなじものを見ても、平板であること極まりなく、迫ってくるものがないのだった。そしてレーシック手術を受けるということは裸眼の視界を永遠に失うことでもあるからして、これもまた躊躇の一要因なのであった。

 思えば、見える見えない、なんであれ身体性にふたつの状態があるということはなんだか好ましい気持ちもするのだなあ。噛み合わせにしろ嗅覚にせよ、だいたいひとつで切り盛りするのがほとんどだけど、ある機能において 2 ヴァージョンあることで双方が双方を思いやり……なんてことはないけれど、まあこのどっちつかずのどちらでもあるという状態が単に気に入っているというわけだった。

 あとやっぱり随時変化していくところに「固定」を入れるのにも、ちょっとだけ抵抗あるのよね。

なんて書いていて、あぁ川上未映子だ、などと思うのだった。

回送電車

回送電車

相変わらずの堀江敏幸。個人的には『熊の敷石』の方が好みだった。

コロロギ岳から木星トロヤへ (ハヤカワ文庫JA)

コロロギ岳から木星トロヤへ (ハヤカワ文庫JA)

「マクロ的な意味で、君たち人間が時間という一次元のパラメーターに束縛されながら、縦横高さの三次元パラメーターを操作するように、私は空間における一次元のパラメーターに束縛されながら、時間を含む三次元パラメーターを操作する生き物だ。私と君たちが生きるのは同じビッグバンから生じた同じ宇宙だ。ただ、宇宙における在り方が根本的に異なる。宇宙から来たのかと問うなら、答えは多分こういうものになる。『イエス以上』」

論理では説明出来ないところにケイアックという SF 的ガジェットを配置し、ここに複雑な説明を全てを閉じ込めることでリーダビリティを確保していて、こういうことをさらっとやってのけるのだから小川一水というのは相当に円熟した書き手なんだろうと思う。あのペースで『天冥の標』を書きながら余技でこのような作品をサラッと書いてしまうのだから本当に凄い。

愛の夢とか

愛の夢とか

川上未映子、文章が上手くなったなぁと感じるのは自分だけか。どれも既視感があるのだけど『日曜日はどこへ』が良かった。このどうにもならなさは僕等がいつもどこかで感じているものだ。行き場の無い不安とノスタルジーが訥々と語られ、それがすっと沁み込んでくる。『三月の毛糸』は露骨に村上春樹なんだけど悪くない。ただまぁ、やっぱり長編が読みたいよね。