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Usotsuki Online

Do you believe in the magic of make-believe ?

先日友達と麻布十番で食事をしていたら某社の偉い人とご一緒することになった。自分含めて 4 人のところにその人が来たわけだけど、なんだかやたらと意識高い系の飲み会になって自分の不甲斐なさに何だか少しガッカリした。自分の今の仕事がつまらないとは思わないけど、目の前でやれ資金調達だ、じゃあウチが出資したいので是非明日詳しい話をさせて下さい、みたいな話が繰り広げられていると何だか随分違う世界のことに思えてしまう。

そんなことを思っていたら翌日に仕事で凄く嫌なことがあってちょっとモチベーションが落ちている。自分の今の仕事は主に金融機関の──特にトレーディング部門向けのシステムを作るということで、所謂 SI / IT コンサルティングみたいなことをしており、自分はその中では主にシステムアーキテクトみたいなことをしている。勿論業務に興味はあるし、自分の思い描く理想のシステムを作りたいとは常々思っているから、出来るなら要件定義や基本設計までフルコミットしたいわけだけど、残念ながら自分ひとりで全てに手を出すことは出来ない(コードに関しては少なくとも全部自分で見ているけど)ので業務についてはある程度別チームの人達に任せ、それをレビューするという形式を採っている。ところが今のプロジェクトで業務を担当しているマネージャのマインドがよろしくない。自分からすれば三流の仕事に見える。システムとして破綻してしまうことが目に見える機能を作りたいと言いだし、何故かと問うと「ユーザーがこんな機能が作りたいと言っている」と言う。でもそれでは破綻しちゃいますよね、そもそもユーザーはそう言っていますけど、これってこういう意味だからこのように整理すれば良いんじゃないですか。と言うと「それは定義出来ないし分からない」と返される。それじゃシステムが壊れる脆弱性を残してしまうのでせめて別の方向性を促さないと、と言ったりもしたのだが、そもそもユーザーに AS-IS をヒアリングして、ユーザーが分からないということに関しては自分達で考えて整理し、TO BE を提案して深掘りしていくのが僕らの仕事でありバリューを出すところではないのか。少なくとも僕は思うしそうやって教えられてきたのでこのような姿勢は本当に許せない。

プロジェクトには「ビジョナリー」が必要だと良く言われる。「ビジョン」が無ければチームは崩壊する。プロジェクトには様々な人が集まっており、それぞれに考え方が違うのだから当然だ。それを示せないリーダーには価値が無い。たまたま読んでいた本に、プロジェクトの「ミッションステートメント」を決めよう、という話題があった。つまり「ビジョン」だ。「ビジョン」があれば迷ったときは「ビジョン」を元に判断することが出来る。このプロジェクトで達成すべきことは何か・あるいは達成すべき「ではない」ことは何か。これを明確に定義していないからこのようにマインドの低い参加者が出てきてしまうし、マネージャがそのような「ビジョン」を持っていないと一本芯の通ったプロダクトは出来ないと僕は思う。