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風立ちぬ 劇場予告編4分 - YouTube

『風立ちぬ』観てきた。中盤から周囲ではすすり泣きが聞こえ始め、僕も思いがけず泣いてしまった。これはもう自分の中ではオールタイムベスト級の傑作だと思う。取り扱う題材から陳腐な物語ではないかと危惧していたのだけれど、驚くほど心に響く作品だった。時空を超え虚実織り交ぜた世界を鮮やかに描くその手腕・作品構成の巧さについては言うまでもないし、風景描写も素晴らしかった。けれどこの作品の何が一番自分の心を打ったのかと考えるとやはりそれは偏執的なまでに「美しさ」を希求する堀越二郎の──そしてその背後に映る宮崎駿の姿だ。宮崎駿はこの作品で徹底して「美しさ」を描いている。物語当時の日本の風景の、そしてそこで生きる人々の美しさ。今の日本が失ってしまった美しさが、高潔で自由を志向する純粋さが確かにそこに描かれている。

以下少々ネタバレ。

客観的に見れば主人公である堀越二郎は酷い男だ。床に伏せった妻をろくに世話もせず仕事に没頭する。「美しい」妻に触れるために自らのエゴで病弱な彼女を手元に置き、仕事では周囲の凡人のことなど歯牙にもかけずただひたすら「美しい」飛行機のことしか想わない。飢えた少女達が居れば「美しい」自分の姿を想い食事を与えようとする。彼は徹頭徹尾自らの理想とする「美しさ」を求めて生き続ける人なのだ。一方で作品中に出てくる「ピラミッドのある世界」と「センス」の話が端的に表しているように、「美しい」彼の生の裏側では残酷なほど多数の庶民の犠牲が払われている。

彼は物語の最後まで「美しさ」を希求する姿をやめない。菜穂子は最後、夢の世界で「生きて」と彼に語りかける。彼女は、生きて「美しさ」を求め続けて、と言っているように見える。これが宮崎駿が辿り着いた答えなのかもしれない。どれだけ残酷であっても、矛盾を孕んでいても、自らが作り上げた美しさが戦争の道具になったとしても。それでも短い人生の中で美しさを希求し続けることに意味はあり、それはきっとカタチの有無に関わらず人々に何かを残すのだ。