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ナタリー

ナタリー

  • 作者: ダヴィドフェンキノス,David Foenkinos,中島さおり
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/06/22
  • メディア: ハードカバー
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ふたりは腰かけた。ふたりの間には、あの、不思議が現実になったものがあった。官能の喜びという魔法だ。何かおとぎ話にあるようなもの、完全なるものから掠め取ったような時間。生きているその瞬間に記憶に刻むような時間。後になって何度も何度も思い出すだろう数秒。

行き帰りの電車の中で読んだ。ベストセラーになって映画化もされてるらしいけど僕は観たことが無い。個人的には傑作だとは思わないけれど、ユーモアがあり何かが心に染み込んでくるような作品だった(それが何なのかは良く分からないのだけど)。僕は男なのでナタリーがとった行動はあんまり理解出来ないけれど、この作品に出てくる男性の行動は理解出来る。彼らの躊躇い・怯え・有頂天になるほどの喜び・そして迂闊さ。ちょっとしたデリカシーの無さがもたらす取り返しのつかない失敗。彼らの情けない姿がユーモアを交えて語られる一方、ところどころに挿入されるノスタルジーが胸を打つ。やや冷えたトーンになるべきプロットにも関わらず、全編を通じてユーモアがそれを溶かし、まるで曇天の冬の日に温かい屋内に居るような心地良い温度感を保っており、そこにときどきナタリーが感傷という窓を開け、冷たく透き通った光を射し入れる。この温度感のコントロールは絶妙だなと思った。

どこに行っても、ここにはきっと彼女が前に隠れたことがあるに違いないと思った。彼は歩きながら、あらゆる年齢のナタリーを垣間見た。七歳のときはこの木の後ろに隠れたに違いない。十二歳のときはきっとこの茂みにもぐりこんだはずだ。思春期になって、彼女は子どもころの遊びをやらなくなり、ぶつぶつ文句を言ったりしながら茨の前を通っただろう。そしてある夏、一年ぶりでここに戻って来たときには、夢見がちで心にロマンチックな希望を抱いた、若い女としてこのベンチに座っただろう。彼女の青春は、そこここに痕を残していて、もしかしたらこの花の陰で男に抱かれたかもしれなかった。フランソワは彼女の後を追って走り、ネグリジェをはぎとろうとした。祖父母の目を醒まさないようになるべく音をたてないようにしながら。庭じゅうをめぐる、音のない狂ったような追いかけっこの、その痕跡。ついに彼は彼女をつかまえた。彼女は振り払おうとするが、あまり本気には見えない。彼女は口づけを期待して振り返る。彼らは地面に転がった。そして、彼女は自分ひとりになっているのに気づく。彼はどこ?彼はどこかに隠れている?彼はもういなかった。彼はもう決してここにいることはないだろう。その場所にもう草はなかった。ナタリーが怒って、みんな引っこ抜いてしまったのだ。ここで、彼女は何時間も沈み込んでいて、祖母は家に入らせようとあらゆる手を尽くしたが、何も変えることはできなかった。マルキュスは、まさにその場所を歩きながら、彼女の苦しみを足下に踏み締めた。愛する人の涙にも打たれて歩いた。隠れる場所を探し続けて、彼は、ナタリーがこれから行くだろう場所もまた歩く。ここにもあそこにも、やがて彼女がなるだろう年配の女性を想像すると心が震えた。